ニック・デカロの存在がなければ、ソフトロックにこんなに深入りする事もなかったはずだ。でも知ってしまったのだから仕方がない。「イタリアン・グラフィティ」はアレンジャーニック・デカロの個人名義2枚目のアルバムだが、前作の「ハッピーハート」が10曲中8曲がインストロメンタルだったことを考えると、実質これがメジャー的なファーストアルバムになるかもしれない。
アレンジャーという存在に目がいくようになったのも、彼のおかげ。A&Mのクオリティを支えハーパースビザール等のバーパンクサウンドに関与した陰の功労者、いやもう世に知られたから有名な表の功労者。A&Mやバーパンクの世界を渡り歩き、まるで織物の横糸のように、がっしりこの時代のあちこちのアルバムに名前を残しています。ニック・デカロが最初にマスターした楽器がアコーディオンだったということが、あの華麗なストリングスアレンジにアコーディオンの呼吸が影響しているんだろうと思われます。もちろんマカロニウェスタンなど、エンニオ・モリコーネのようなイタリア人らしい泣きのメロディなんかも遺伝子にあるかもしれません。
イタリアン・グラフィティはニック・デカロ本人の言によると、70年代の流行の歌に大人ぽいジャズやソウルミュージックのエッセンスを加えるとどうなるかというコンセプトがあったという。それだけなら、誰でも思いつきそうなことではあるが、デカロがやると、その言葉だけのものではないものが出てきて、それは簡単なヒットパレードの再アレンジアルバムというものとは全く異なったものだった。ノスタルジックで甘くて、優れた演奏に複雑な音楽性。声が弱いのに印象に残るヴォーカル。ほんと、どんな風にアレンジしているのか知りたいと思う。やってるのは、ほんのちょっとの音符の変更なのか、テンポから何から何まで変えてしまうのか、いつかデモ音源集なんかが出てきたらぜひ欲しい。
イタリアン・グラフティは「Blue Thumb Records」から出ている。Blue Thumb Recordsはトミーリュピューマが設立したレーベルで、親友で、フリーランスになっていたデカロも参加。数々のミュージシャンのアレンジを行う傍ら、ソロアルバムも作ってみようじゃないかとなった。1974年だから、もうソフトロック的なものは下火になっていた頃だったはずだ。
1曲目は「ジャマイカの月の下で」から、デカロのファルセットから幕開けちょっと癖のある曲で、中盤のドラムが見事だが、まだアレンジも控えめでアルバムの前菜という感じ。続く2曲目は、スティーヴィー・ワンダーの「輝く太陽」。最高。歌声アレンジ全て完璧。中盤にあるバド・シャンクのフルートから、コーラスへの流れは本当に美しい。これを超えるものは、なかなか思いつかない。野原を自転車で走っているような爽快さと賛美歌のような荘厳な感じも同時に聞こえる。
「二人でお茶を」はジャズの世界でアート・テイタムとかがやっていましたが、ここではしっとりと歌声を聞かせています。サビの分厚いコーラスが利きどころ。オブリガードがこれまた美しい。
4曲目はジョニ・ミッチェルの「オール・アイ・ウォント」。アルバム「ブルー」に入っていた曲。原曲の良さを残しつつ、リズム隊の音が気持ちよく入る。そしてもう恒例の中盤のストリングスアレンジが見事。声に強さがないのを、ユニゾンにして瞬間的なアクセントをつけるうまさ。音楽やってる人にとってはお手本みたいなもんなんじゃないでしょうか。
夜の波のように穏やかなウェイリング・ウォール。イスラエルにある壁についての歌。
歌詞は政治的なものでも、宗教的なものでもないけれど、ふいをつかれる選曲です。
続く、アンジー・ガールは再びスティーヴィー・ワンダーの曲。アンジー・ガールはたぶん知らなかった曲だったと思う。このアルバムでは、デカロはあまり知られていない曲でよい曲を選ぶというこだわりがあったらしい。この曲はデカロ本人が良く演奏していたらしい。
ノリのいいファンクっぽい「ゲッティング・マイティ・クラウディド」がきてランディ・ニューマンの「町はねむっているのに」が入る。スローなバラード。たらればだが、「ニック・シングス・ランディ」があればいいのに。
続くちょっと変な曲「キャンド・ミュージック」があり、アルバムの最後は「タピストリー」キャロルキングの同名のアルバムが有名だけど、それとは別の曲。ジェニファー・ウォーンズのために書いた曲。繰り返し部分のこみ上げ度がたまらない曲。
ニック・デカロは残念ながら、ソロアーティストとしては、成功を収めなかった。前作はアンディ・ウィリアムに同アレンジで同曲をリリースされたため、自分のレコードと勝負するような羽目になり傷心。さらに、このアルバムを出した時、「Blue Thumb Records」は深刻な財政危機に直面し、プロモーションにかけるお金が全くなかったため、これほどの出来のアルバムでも、成功を収めることはなかったそうだ。
時々、誰かの家やデパートで、イタリアン・グラフティが、かかることがある。あ、という顔をして、歌ったりニックデカロですねと話す人がいる。大工の左官の人だったり、フレッツ光の営業さんだったり、10数年あっていなくて、今や主婦になったクラスメイトだったりする。そんな時はなんというか、たとえ初対面でも、前からずっと気の知れた
知り合いだったような気がします。
1. ジャマイカの月の下で
2. 輝く太陽
3. 二人でお茶を
4. オール・アイ・ウォント
5. ウェイリング・ウォール
6. アンジー・ガール
7. ゲッティング・マイティ・クラウディド
8. 町はねむっているのに
9. キャンド・ミュージック
10. タピストリー